能は700年近い歴史の間に
約2000曲以上の作品が創られてきましたが、
現在上演している多くは
室町時代に作られた250曲ほどです。
現在上演はされていない「廃曲」を
復活上演することを「復曲」と呼んでいます。
今回の公演は平成年間に大槻文藏が復曲した
能の内で、
名曲と呼べる面白い能
「三番」を選び大槻文藏が演じます。

夢幻能

能の構成を大きく分類すると、“現在能”と“夢幻能”とに分けられます。
今回の三曲はこの夢幻能のジャンルのものです。
通常の劇は現在進行形で作られ、起承転結の展開になっています。能でも現在能と言われるものはこの構成で出来ています。
一方、夢幻能というのは能独特の構成を持ちます。
現在能が「生きた現実の世界」の劇であるのに対して、
夢幻能は「過去の追憶の世界」の劇であります。

  • 夢幻能の構成

    一口に夢幻能といっても、実際には曲ごとに様々ですが、大体以下のような構成をもっております。
    里人の姿で現れた亡霊(前シテ)は、この土地を訪れた旅の僧(ワキ)に昔この地であった物語を話し、弔いを勧め、自分が当事者のようにほのめかして立ち去ります。(中入、ここまでが前半です)
     亡者の思いを聞いた僧は夜もすがら祈りを捧げます。念仏を受けた亡者はありし日の姿で再び現れ(後シテ)、読経を喜び、昔の出来事を語り、自身の心情を舞に託して訴えます。
     或る人は無念の戦死であり、或る人は恋・愛の苦しみ、屈辱であり、或る人は生活の為の殺生です。
    それらはすべて成仏の妨げなのです。亡者は弔いを受けて成仏出来ることを喜び、夜明けと共に消え失せます。
     これらは僧の夢の中の出来事だったのです。
     前半は時の流れに沿って展開するのに対して、後半は主人公の在りし日の深い思いのあった時間に巻き戻り、物語が展開されます。すなわち時間は逆行するのです。
     時間の逆行が夢幻能のキーポイントです。

  • 今回の三曲は…

     碁はこのような構成で作られており、前場後場とありますので、複式夢幻能といいます。
     維盛は前半が無く一場の構成になっていますので単式夢幻能といいます。所縁の人達が弔っている処へ主人公の亡霊が現れ言葉を交わします。
     菅丞相は前場後場とありますので複式になっています。シテは亡霊ですが、ワキの夢の中の話の展開ではなく、現実の中に亡霊として登場してきます。またワキは旅の僧ではありません。やや変則的複式夢幻能となります。このたび再演される曲の中で『碁』は最も標準的な夢幻能であります。

    ワキ僧は観客の代表

     彼は霊を引き寄せる力を持っている人と言えましょう。亡者たちの思いを引き出し、聞き、十念を授けます。亡者たちの現世での様々の思いを語らせ聞く役です。その物語は即ち観客が見、聞く物語で、夢幻能のワキ僧は観客の代表として、亡者に質問し想いを引き出し、事の核心へと誘う役目を担っています。

維盛

維盛

〈あらすじ〉

平家の嫡流維盛は戦を厭い屋島から抜け出し、その後、那智の沖にて入水して果てます。
 今年は維盛の三回忌。出家した子、六代御前は、かつての郎等滝口入道を頼み、父の弔いのため、那智の浦に下向した処へ、維盛の最期を見届けた郎等武里が舟に乗り、夜念仏を唱えながら岸辺へやって来ます。
 暗闇の中、声で互いを確かめ合った三人は奇遇に驚き、再会を喜び、共々維盛の弔いを始めていると、維盛の亡霊が現れます。未だ軍体姿の父を見て悲しむ六代に、最期に唱えた十念で自分は成仏しているが、その上に一子六代の出家、一族郎党の回向で成仏は疑いないと念仏に感謝し、入水に至る経緯を語り、今は幽明を隔てる親子が再会を喜び、親子の情愛に浸ります。戦によって引き裂かれた親子の心情を、ひいては戦争の悲惨さをも訴える能です。

郎等(ろうどう)…武家の家来。家臣。

碁

碁

〈あらすじ〉

曲名では全く想像はつきません。
 源氏物語の「帚木(ははきぎ)」「空蝉(うつせみ)」の巻を舞台化したもので、そこに描かれている空蝉と継娘(ままむすめ)軒端の荻(のきばのおぎ)が碁を打っている所を光源氏が垣間見し、そのあとに展開した出来事を描いた能で、“碁”がキーワードになっています。
 十七歳の光源氏は、方違いに立ち寄った伊予の介の屋敷で、伊予の介の後妻空蝉のつつましやかな魅力に惹かれ、強引に一夜を共にします。
その後、文を送ってくる源氏に、空蝉は全く取り合おうとしません。その後、伊予の介の屋敷を訪れた源氏は、空蝉と軒端の荻が碁を打っているのを垣間見て、夜更けに寝所へ忍び入りますが、察知した空蝉は衣を残し抜け出しますが、それとは知らぬ源氏は衣の香で空蝉と思い込み継娘軒端の荻と契ってしまう。
 源氏と空蝉のやるせない思い、恋というものの切なさ、辛さを、空蝉の側から描いた能です。

菅丞相

菅丞相

〈あらすじ〉

 讒言を蒙り罪なく大宰府に流罪となり憤死した菅丞相(菅原道真)。その怨霊の祟りにより帝は御悩となります。比叡山で座主の法性坊が勤行を行っているところへ、法性坊を師と仰ぐ道真の亡霊が現れます。その姿は激怒の余り白髪となっていて、見違える程の憔悴した様相でした。
 道真は法性坊に、御悩が続けば朝廷から参内せよとの勅使が下りるだろうが、その時は断って欲しいと懇願します。
 法性坊が、三度勅使が立てば参内せざるを得ぬと答えると、道真は怒りの色を見せ、供えてある柘榴を噛み砕き妻戸に吐きかけると柘榴は火焔となって燃え上り、その炎の内に道真は姿を消します。
 勅使が重なり、牛車で参内する法性坊の前に火雷神を従えた道真の怨霊が現れ、黒雲、洪水を起こし、一行の行く手を阻みます。法性坊は、王土に住める恩を切々と諭し、道真は一転して牛車を自ら宮中へと送り届けます。
 その結果道真には天満天神称号が下されます。こうして、末永い泰平の世が招来されたのでした。

讒言(ざんげん)…ありもしない事を目上の人に告げ、その人を悪く言うこと。
憤死(ふんし)…激しい怒りのうちに死ぬこと
御悩(ごのう)…貴人のご病気

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