雲林院 ― うんりんいん ―
- 作者 不明
- 素材 『伊勢物語』より主に取材しているが、
夢中の人物より秘伝を受けるなどの口承も取り入れている
- 場所 山城国紫野 雲林院
- 季節 春、桜の盛り 夕刻より明方へ
- 分類 老夢幻能 妄執物
■キーポイント
武蔵塚と申すは げに春日野の うちなれや
人の女を盗み出して、武蔵野へ逃げた男が女を隠しておいた所。そこが実は春日野であるという秘事。その女を鬼一口に食った鬼(取り戻した)は実は兄基経であり、その異常なまでの兄弟愛的執着を描く。
■引用されている和歌
伊勢物語
六段
- 白玉か なにぞと人の 問ひし時 露と答へて 消えなましものを
- (白く光るのは白玉か、それとも何か外の物かと女が聞いた時に返事をしなかったが、「あれは露だよ」と答え て、その露のように自分もはかな死んでしまったらよかったのに。なまじっか生き長らえて悔しい。)
九段
- から衣 きつゝなれにし つましあらば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ
- (添い馴れた妻を都に残して来たので、この遠く来た旅が悲しく思われる。)
十二段
- 武蔵野は けふはな焼きそ 若草の つまもこもれり 我もこもれり
- (武蔵野をば今日だけは焼かないで下さい。夫も私もかくれているのですから。)
一二三段
- 年をへて 住みこし里を 出でていなば いとゞ深草 野とやなりなん
- (長年の間住み馴れたこの里を私が去って行ったら、今でさえ深草野《草深い庭》なのが一層ひどく荒れてしまうだろうか。)
- 女返し 野とならば 鶉となりて 鳴きをらん かりにだにやは 君が来ざらむ
- (この庭が荒れて野となったら、私は鶉となって鳴いていましょう。せめて狩にぐらいは《かりそめにぐらいは》来てくださらないでしょうか。いや、きっと来られるでしょうから。)
古今和歌集
春上
- 見てのみや 人にかたらむ さくら花 てごとにおりて いへづとにせん
- 見渡せば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける
- 春日野の とぶひののもり いでてみよ 今いくかありて わかなつみてん
春下
- 春風は 花のあたりを よぎてふけ 心づからや うつろふとみん